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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)6019号 判決 1980年3月26日

原告(反訴被告)

尾崎博明

外一名

右原告ら訴訟代理人

河村武信

外六名

被告(反訴原告)

中央観光バス株式会社

右代表者

所敏勝

外一名

右被告ら訴訟代理人

酒井武義

主文

一  被告(反訴原告)中央観光バス株式会社及び被告福島は、各自

1  原告(反訴被告)尾崎博明に対し、金五万円及びこれに対する昭和五〇年六月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、

2  原告(反訴被告)今西昭男に対し、金五万円及びこれに対する昭和五〇年六月二七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を

それぞれ支払え。

二  原告(反訴被告)らのその余の本訴請求をいずれも棄却する。

三  被告(反訴原告)中央観光バス株式会社の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、反訴についてのみ生じた分は被告(反訴原告)中央観光バス株式会社の負担とし、その余はこれを一〇分しその九を原告(反訴被告)らの負担とし、その余は被告(反訴原告)中央観光バス株式会社及び被告福島寿夫の負担とする。

事実《省略》

理由

第一本訴請求について

一本訴請求原因1については当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告らは、昭和四五年九月九日、被告中央観光の従業員合計二六名(内訳・運転手、ガイド各一三名)の参加を得て、中央観光労組を結成し、直ちに全自交に加盟した。

ところが、被告中央観光は、同年一〇月、中央観光労組執行部四名を含む組合員六名を、料金を着服横領したとの理由で解雇した。これに対し、中央観光労組は、右解雇を不当労働行為であるとして、大阪府地方労働委員会に対し、救済の申立をし、右地労委は、昭和四六年一一月末、当時右申立てを維持していた二名について、現職復帰させ、不当労働行為について謝罪文の提出を命ずることなどの内容を含んだ救済命令を発した。

他方、中央観光労組は、右解雇処分を争つている間に組合員数が激減し、昭和四六年一一月には原告両名を含め四名となり、その後昭和四八年夏頃には原告両名を残すのみとなつた。右組合員が激減した原因としては、昭和四六年二月、同盟交通労連を上部団体とする労働組合(以下、同盟系組合という。)が結成されたこと(ちなみに、中央観光労組を脱退した組合員は、すべて右同盟系組合に加入した。)と、被告中央観光が中央観光労組組合員に同組合から脱退することを働きかけたことなどを指摘することができる。

原告らは、右のように組合員が激減した後も組合活動を継続して行なつて来たが、このような原告らに対し、被告中央観光は、同被告の所有する観光バスのうち最も古い型式の車輛を担当車として与え(それ故に、原告らは、運行先として、観光客からのチップや案内先の店舗からリベートを得ることなどを期待できる温泉地などへの観光旅行の配車を受けることができなかつた。)、また従業員に対し、原告らと会話するなど接触することを避けるよう指導する傾向にあつた。

2  原告らは、昭和五〇年一月中旬頃、同盟系組合の組合員と協力して、大阪陸運局及び労働基準監督署に対し、被告中央観光において労働基準法、道路運送法、道路交通法等に違反する事実がある旨申立て、被告中央観光に行政指導をなすことを求めた。これに対し、大阪陸運局は、調査のうえ、被告中央観光に対し、二五台の観光バスを三日間の営業停止とすることを命ずるとともに、右法律違反等の事実を改善するよう勧告した(ただし、右申立及び勧告の事実については当事者間に争いがない。)。

また、被告中央観光は、同年二月二七日、大阪府警から道路交通法等違反の容疑で強制捜査を受け、その後代表取締役所敏勝ら役員、従業員らが検察官に書類送致されるということがあつた。<中略>

3  被告福島及び川村は、前記のごとく被告中央観光が大阪陸運局から営業停止処分を受け、大阪府警から強制捜査を受けたことなどによつて、同被告の従業員が稼働意欲を失うなどの影響を受けることを慮り、昭和五〇年三月末頃、被告中央観光の承諾を得たうえ、乗務員(運転手、コンパニオンら)約三〇名を勤務時間中に参集させ、被告中央観光に対する従業員の不満等を発言させる機会をもつた。そして、被告福島らは、右会合の名称を「中央観光を明るくする会(守る会)」と呼称することとし、次回の開催日等を定めることなく、将来問題が発生した時に参集することとして閉会、解散した。原告らは、右会合に出席するよう呼びかけを受けることもなく、出席もしなかつた。

その後、原告らは、前記のごとくストライキを実施したのであるが、同年六月二〇日頃、被告中央観光城東営業所の壁面に、同被告作成にかかる「急告 ドライバーコンパニオンの乗務について」と題し、今般、監督官庁から、被告中央観光は、運転手とコンパニオンの在職期間を引延すため、日常勤務において、無理矢理右両者間に不純な関係を造り、また乗務員が運行先においても乗務員としての体面をけがすような行為をしているなど厳重な勧告を受けたこと、被告中央観光は右のような行為がないことを確信しているにもかかわらず「組合という名を借りた全自交が連日の様に関係官庁を廻り有る事無い事を報告しておりますが、此の目的はあきらかに会社を潰ぶし善良な乗務員の生活権さえおびやかす行為に出てきました、全自交尾崎今西は口では会社を守り皆の為にと、うたい文句を並べ乍ら実態を全国的な視野の中で打忘れ大上段な構えを堪えず出して会社同僚に牙をむけ臨んでくる、これに対して我々は生活防衛、企業防衛の厳しい態度で臨まざるを得ない、我々はこれを於置すれば益々エスカレートして憲法に保障された私生活に迄タッチされ会社の所有権及び管理権をも無視しその他の善良なドライバーコンパニオンに迷惑を受けさせております。この為には職場を守る人々と常に話合いスクラムを組み正常な労務の提供を維持するため当分の間乗組を会社指示に従つて頂く事を申添え職場を守る同志の協力を望みます  以上 昭和五〇年六月二〇日 労務」と記載した貼り紙が掲示された。右貼り紙によると、原告らが被告中央観光に不純な異性関係等風紀紊乱行為がある旨事実無根の事実を監督官庁に通報したのかのごとく記載されているが、原告らは右のような通報をしたことはなかつた。

さらに、同年六月二五日頃、被告中央観光鶴見車庫において、「中央観光を守る会」名義で、明るい働きがいのある中央観光の職場を作るためと親睦会開催について話合うために会合を開くので参集するようにとの貼り紙が掲示され、また同日、川村は、片山、神山、田ノ本、大田、飯室、福岡ら乗務員を右車庫に停車中の観光バスの中に参集させ、原告らが前記ストライキによつて観光バスを停めたことについて、各人の意見を聞いた後、原告らを退職させるために協力して欲しい旨要請した。

同月二六日、被告福島は、営業部次長石橋を通じて、第二回中央観光を明るくする会の開催と同会に出席するよう連絡を受け、同月二七日午後、右会の会場である被告中央観光本社社屋三階会議室に赴いた。同会は、同日午後一時頃から待機勤務中等の乗務員約三〇名が参集して開催され、被告福島及び川村は、右会場最前列中央に着席し、川村の開会のあいさつをもつて開かれた。川村は、あいさつにおいて、本集会が会社をよくする会である旨など約五分間話をした。丁度その頃、右鶴見車庫から、さらに乗務員が出席する旨の連絡があり、右乗務員の到着を待つため、右会は休憩に入つた。その後、再開された右会は、川村及び被告福島が司会をつとめて進められたが、話題として、乗車券の書き方、配車場所に関する意見が出された外に、先に捜査を受けた道路交通法等違反事件に関し、乗務員らが大阪府警交通課反則センターへ出頭を求められた件、原告らが行なつた前記ストライキの件が提出され、右話題を通じて原告らをどのようにすれば被告中央観光から退職させることができるかなどについて意見が求められ、出席者は、交々意見を述べた。その意見の一部には、原告らに対し、前記ピケットをはつたことについて、何故処分をしないのか、解雇すべきである旨を述べる者はあつたものの、概して積極的に具体策を述べる者はなく、ただ雑談に終始する様を呈した。そこで、被告福島及び川村は、約三〇分間休憩することを告げたが、その間において、坂梨、柳、藤原、飯室、武久、大西及び池田らは、附近の喫茶店に集合して相談したうえ、別紙(一)(甲第一号証)のような勧告書を作成し、その場で坂梨、柳、藤原、飲室、武久、大西が署名指印したうえ、右会場に持帰り、川村に提出した。川村は、右勤告書を出席者全員の前で声を出して読上げたうえ、賛同する者はこれに署名指印するよう求めた。このように、被告福島及び川村は、右勧告書の当否について、出席者らに討議することを勧めることも、またこれに賛同しかねるものであるなどと消極的な態度をとることも全くなく、特に被告福島においては、原告らが行なつた前記ストライキによつて、被告中央観光のみならず、営業部次長としての自らが右関係業者に謝罪せざるを得なかつたことから、右行為を当然のことと判断し、自らも署名する旨申し出たが、その必要がない旨止められた。右勧告書は、池田カツ子が署名指印したのに引続いて、出席者全員に回覧され、合計三〇名の乗務員が署名指印を了した。ただ、右署名者の中には、右勧告書に署名しないことによつて、被告中央観光から担当車又は配車において不利益を受けるのではないかとの配慮から署名した者もいた。

右集会は、原告らに右勧告書を手交する者として、坂梨、片山、及び林を決めた後解散した。

そして、同日夕刻、右坂梨らは、原告らに右勧告書を手交することとしたが、坂梨及び林がこれを拒んだため、結局、片山五十八が原告今西に右勧告書を手交し、翌二八日、同原告を通じて原告尾崎に手交した。

原告らは、右集会が開催された同月二七日は待機勤務日であつたが、同日朝、鶴見車庫に出勤したところ、川村から午後一時から被告中央観光本社において庭の草取りをするよう命ぜられると共に、親睦会を脱会して欲しい旨伝えられ、即時、積立金返還の提供を受け、これを受領した。原告尾崎は、川村の右命令の趣旨が原告らを右集会に出席させないことにあるものと解し、右命令に従うことなく右車庫において待機していた。

4  被告福島は、右集会終了後、同被告の上司である営業部長に右集会の状況及び右勧告書を作成し、原告らに交付する旨報告した。

5  被告中央観光においては、従来から従業員が原告らと話をするなど接触することを好ましくないとする傾向があつたことは前記のとおりであるが、右勧告書交付後、右署名をした乗務員は、とりわけ原告らと話をすることは勿論、挨拶をかわすことさえも拒み、また原告らと同乗・同行勤務することがなくなつた。

原告らは、右勧告書の交付を受け、また従前にも増して右署名者らから挨拶さえも拒まれたことによつて、精神的な苦痛を味わうと共に、原告ら乗務員の勤務は、他の運転手又はコンパニオンと同乗・同行勤務をすることが常態であるところ、右勧告書によつてこれを拒否されることによつて、事実上、被告中央観光におけを勤務が不能となる危険性を感じた。

そこで、原告らは、同年七月八日頃、全自交大阪地連執行委員長増田和幸と連名で、右勧告書署名者に対し、「真意打診の件」と題し、右勧告書の交付が人権を侵害するものであり、脅迫罪等の犯罪行為にあたること、原告らは、告訴することを考えており、また全自交大阪地連は総力をあげて対処するものであること、署名者らの中に右勧告書に署名するについて、主犯、同調、幇助などその意思に程度の差があることを考え、署名者の本心を確かめること、同月一五日までに連絡なき場合は、告訴され又は損害賠償の責を負うこととなる旨を記載した書面を内容証明郵便をもつて送付し、又は手交した。

その後、右勧告書に署名した乗務員のうち約一〇名は、右署名を撤回する旨申し出たが、原告らに対する態度は、表面上依然として変ることがなかつた。

以上の事実を認めることができ<る。>

三右認定事実を総合すると、本件勧告書は、原告らに被告中央観光から退職することを求め、これに応じなければ原告らを無視すると共に、原告らと同乗・同行勤務をすることを拒むという、いわゆる共同絶交を宣言するものであるということができるところ、右共同絶交は、職場という限られた社会生活の場において行われるものであるとはいえ、右職場は原告らにとつて日常生活の重要な基盤を構成する場であり、それが実行されると、原告らはその意に反して右職場から離脱せざるを得ないこととなるであろうことが容易に推測し得るものである。従つて、右勧告書が作成され、原告らに対し交付されたことは、原告らに被告中央観光を退職することを強要し、退職しない限り原告らの自由及び名誉を侵害することとなる旨告知した違法な行為というほかない。そして、被告中央観光においては、従来から原告ら中央観光労組に好感を示さず、原告らに対しても担当車等の指定において、他の乗務員に比し不利な取扱いをする傾向にあり、また右勧告書が作成、交付される直前の昭和五〇年六月二〇日頃には、原告らが虚偽の事実を行政官庁に申立て、被告中央観光に不利益を及ぼそうとしている旨の貼り紙がなされるという状況にあつたのであるが、被告中央観光の中堅管理職ともいうべき川村及び被告福島は、右状況を踏まえ、かつ原告らが組合活動又は争議権の行使として行う前記行政官庁に対する申告及びストライキ(ピケット)等の行為が被告中央観光にとつて不利益を及ぼすものであることを慮り、意を通じて、まず川村が従業員らに対し、第二回中央観光を明るくする会を開催する趣旨が原告らを被告中央観光から退職させることにある旨をあらかじめ知らしめたうえ、右集会において、その方法を検討させ、その結果、その意を諒解した一部乗務員が本件勧告書を作成し、提出するや、川村及び被告福島はこれを是認したうえ、被告福島においては自らも右勧告書に署名する意思のあることを示し、他の乗務員らにも署名することを求め、出席していた全乗務員が署名指印を了して右勧告書を完成させ、これを一乗務員が原告らに交付し、また右署名者らは原告らと共同絶交を実行する様相を呈するに至つたものということができる。

そうすると、被告福島及び川村は、共同して、被告中央観光の乗務員に対し、同乗務員が本件勧告書を作成し、原告らに交付するという不法行為をなすことを教唆し、幇助したものというべきであり、よつて、民法七一九条二項、一項、七〇九条により原告らが被つた後記損害を賠償すべき義務があるものということができる。

なお、原告らは、被告福島及び川村は共謀のうえ、多数の従業員を使つて、原告らに対し、本件勧告書を作成、交付したものである旨主張するのであるが、被告福島及び川村が本件勧告書を作成、交付した乗務員らに対し、右行為をなすよう強く示唆したであろうことは十分に窺い得るところであるが、右乗務員らの行為が同人らの意思に基づくものと評価し得ない程に被告福島及び川村の意思に左右されていたものとは認め難いことは前記認定事実から明らであり、他に原告らの右主張を認めるに足る証拠はない。ところで、原告らは、被告福島及び川村の行為について、民法七一九条一項に基づいて損害賠償を請求するのに対し、当裁判所は、これを認めず、民法七一九条二項に基づいて被告福島らの損害賠償責任を肯定するものであるところ、この間に民訴法一八六条違反の疑義を生ずるおそれなしとしないので、附言するに、原告らの右主張にかかる具体的事実を仔細に検討するならば、原告らは、被告福島らの本件不法行為に対する関与の度合を強調するあまり、右のように主張するものであることを容易に窺うことができるとともに、単に、被告福島らが共謀のうえ、本件不法行為の実行行為を行なつたとの事実に止まらず、前記認定のごとく、被告福島らが多数の従業員を教唆し、又は幇助して、本件不法行為を行わしめたと評価し得る事実までも包含するものと解することができるから、右認定事実をもつて、原告らの本訴請求を認容したとしても、何ら民訴法一八六条に違反するものではないこと明らかである。

また、被告らは、本件勧告書が作成、交付されるに至つた原因は、原告らが違法なピケットをはり、被告中央観光に対し営業妨害行為をなしたことなどにある旨主張し、原告らの右違法行為に対する防禦として本件勧告書を作成、交付したとしても、正当な理由に基づくものであるというかのごとくであるので検討するに、前記認定事実によると、原告らが行なつたストライキに伴うピケットは、その態様において必ずしも適正なものとはいい難く、むしろ違法行為との評価を受けるおそれがあることは被告ら指摘のとおりである。しかしながら、原告らが右のようにいわば行きすぎたピケットをはり、被告中央観光らに損害を被らしめるに至つたとしても、これについて、他に認められる正当な手続に従つた方法をもつて対処し、損害の回復をはかるはとも角、乗務員らに働きかけ、前記のごとき刑法行為に出ずるにおいては、何ら正当な理由となり得ないものといわなければならない。

四次に、被告中央観光の責任について検討する。

前記当事者間に争いのない事実及び前記認定事実によると、川村及び被告福島は、被告中央観光において、従業員を指導、監督すべき管理職としての立場を有する者であること、本件勧告書の作成、交付は、原告らを被告中央観光から退職させる結果を生じさせることを目的とするものであるところ、川村及び被告福島が乗務員に対し、右行為をなすことを教唆し、幇助したことは、結局のところ、被告中央観光における人事管理、ひいては中央観光労組対策としての性格をもおびるものであること、本件勧告書に従つて共同絶交は、直接的には従業員相互間において行われるものであり、右決定に関与したこと自体、従業員の指導、監督上の一環として行われたものとも評価できること、右勧告書が作成された集会は、被告中央観光の承諾のもとに開催されたものであり、その開催は、主として勤務時間中の職員を被告中央観光の本社社屋会議室に参集させて行なつていることを指摘することができる。

以上の諸点を総合勘案すると、被告福島及び川村の前記不法行為は、被告中央観光の事業の執行と同視し得る程に密接な関連を有すると認められる行為というべきであるから、被告中央観光は、民法七一五条一項により被用者である被告福島及び川村が原告らに加えた後記損害を賠償する義務があるものということができる。

五そこで、原告らの被つた損害について検討する。

前記認定事実及び原告尾崎博明本人尋問の結果を総合すると、原告らは、本件勧告書の作成、交付という不法行為によつて、被告中央観光を退職することを強要され、また共同絶交を実行し自由及び名誉を侵害する旨告知され、もつて精神的苦痛を被つたものと認めることができる。

被告らは、原告らが本件勧告書を受取つた後、全自交の支援を受け、署名者全員に署名の撤回を求める書面を送付していることをとらえて、凡そ精神的苦痛などは受けなかつたことが明らかである旨主張するので按ずるに、原告らが被告ら主張にかかる右書面を全自交大阪地連執行委員長と連名で署名者全員に送付したことは前記認定のとおりであり、右書面の内容が署名者の責任を追及することとなる旨を伝える厳しいものであることは否めないところであるが、これをもつて原告らが何らの精神的苦痛を受けなかつたものと即断することはできず、むしろ原告らは、右勧告書を交付され、その後に実行されるであろう共同絶交に思いを至らせ、精神的苦痛を受けたが故に、それを除去するために行なつたものと解するのが相当である。よつて、被告らの右主張は採用することができない。

そうすると、被告らは原告らに対し、相当の慰藉料を支払う義務があるということができるところ、その額は、前記認定事実、その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌して、原告ら各人につき金五万円をもつて相当と認める。

六よつて、被告らは、原告らに対し、各自、各金五万円の損害賠償債務を負担するものというべきである。そして、右賠償債務は、損害の発生と同時に、なんらの催告を要することなく、履行遅滞に陥るものと解するのが相当であるところ、本件においては、原告らに本件勧告書が交付された時をもつて右損害が発生したものと認めることができるから、右損害賠償債務は、原告尾崎については昭和五〇年六月二八日、原告今西については同月二七日をもつてそれぞれ履行遅滞に陥つたものということができる。

第二反訴請求について

一1  反訴請求原因1(一)については当事者間に争いがない。

2  <証拠>によると、原告らは被告中央観光を被申請人として、同被告が採用した利益還元方式による賃金算定方式による賃金額と原告らが現に受領した賃金との差額の賃金請求権を有すること及び右利益還元方式の採用等が中央観光労組の壊滅を企図した不当労働行為であり、不法行為を構成するから、右差額金相当の損害賠償請求権を有することを理由に、右金員を仮りに支払えとの仮処分を申請したところ、大阪地方裁判所は、結局、原告らの主張する被保全権利について疎明がなく、かつ保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないとの理由で、右申請を却下したことを認めることができる。

被告中央観光は、原告らは本件賃金仮処分事件によつて保全されるべき被保全権利を有しないものであるところ、これを知りながら又は過失によつてこれがあるものと誤信し、右仮処分申請をなすという不法行為を行なつた旨主張するので検討する。

原告らが本件賃金仮処分事件において主張する被保全権利を有したかどうかについての判断はさておき、原告らに被告中央観光主張にかかる故意、過失があつたかどうかについて按ずるに、まず、少なくとも、本件全証拠を精査するも、右被保全権利を法律上如何に構成すべきか慎重に検討したことを窺わせる証拠はあるものの、原告らが右被保全権利を有しないことを知りながら、あえて本件賃金仮処分申請に及んだことを認めるに足る証拠はない。

次に、すすんで、原告らが本件賃金仮処分を申請したことについて、過失が存在したかどうか問題となる。一般に、被保全権利が存在しないにもかかわらず、存在するものとして仮処分の申請をし、また、仮処分命令の執行をした結果仮処分債務者に損害を与えた場合には、特段の事情のないかぎり、右申請人に過失があつたものと推定するのが相当である。しかしながら、右申請人において、その挙に出るについて相当な事情があつた場合には、右被保全権利が不存在であることの一事によつて同人に当然過失があつたものということはできない。そこで、原告らが本件賃金仮処分を申請するについて相当の理由があつたか否かについて検討する。

<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、被告中央観光においては、従来、従業員に対し、別紙(二)記載のような方式(以下、旧方式という。)によつて算出した賃金が支給されていたが、昭和四九年七月一二日、これとは別に利益還元方式と称し、別紙(三)記載のような賃金算定方式(以下、新方式という。)を採用したこと、新方式は、従業員のうち乗務員の賃金についての定めであり、新方式の適用を受ける場合には、契約期間を一年とし、右期間終了時に乗務員は契約報奨金(退職金)を受領し、雇用契約の更新を希望する場合にも、これを更新するかどうかは被告中央観光の選択に委ねられているものであること、同被告は、乗務員に対し、旧方式による雇用契約を一旦解消した後、新方式による雇用契約を締結することを呼びかけたこと、右呼びかけに対し、中央観光労組及び同盟系組合は、新方式による雇用契約が契約期間を一年とする点において乗務員としての身分が不安定となり、同被告に対し、雇用条件などの面において十分に要求などできなくなること、基本給が低く、賃金額の大半が月間走行キロ数によつて左右される走行キロ手当、賞与、契約報償金(ただし、賞与は年三回に分けて、契約報償金は契約期間終了時に各支払う。)によつて占められる点において、刺激的な賃金算定方式であり、安全輸送確保の面で問題があるなどを理由に、直ちに従えない旨反対の意思を表明したが、結局、同被告の強い勧めにより原告らを除くその余の同盟系組合所属の乗務員は、昭和五〇年三月頃までに全員退職し、新たに新方式の適用を受ける雇用契約を締結し終り、従つて、同盟系組合は、組合員が不存在となり解消したこと、原告らは、同被告が原告ら及び中央観光労組に対し、好感を持つていないことから考えて、原告らが新方式による雇用契約を締結するために同被告を退職したとしても、同被告は新たに雇用契約を締結することに応じないのではないか、また新たに雇用契約を締結し得たとしても、結局のところ中央観光労組を脱退、解消することとなると共に、右契約更新時に更新されないのではないかとの危惧を抱き、新方式による雇用契約を締結することなく、従来どおり旧方式による雇用契約を継続したこと、しかるに、被告中央観光は、旧方式を前提とした就業規則を廃止し、新たに乗務員就業規則を制定したが、右乗務員就業規則には、従来年二回支給されていた賞与の支給規定が削除され、それ故、原告らは昭和四九年の年末以降、賞与・一時金の支給を受けることができなかつたこと、また、昭和五〇年七月一〇日以降、乗務員賃金規定の改訂により利益還元方式が大幅に変更され、新方式による賃金のうち基本給を増額し、賞与、契約報償金を廃止し、その代わりに契約期間満了時に退職金として一定額の金員を支給することとなつたこと、原告らは、新方式の実施により、新方式の適用を受けると同一の労働に従事したとしても、右乗務員より賃金額が少なく、差額が生ずるに至つたこと、そこで、原告らは、弁護士である訴訟代理人に委任したうえ、右差額賃金又は右金員に相当する損害賠償請求権を被保全権利として、本件賃金仮処分を申請したのであるが、右差額賃金請求権の法的根拠としては、被告中央観光が新方式による賃金算定方式を全乗務員に周知させるために掲示し、原告らを除く全乗務員が新方式の適用を受けることとなつた以上、同被告と全乗務員との間に、会社が従業員に対して自ら明示した新方式による賃金を保障するとの規範が定立されたものであるから、新方式による賃金の支給は、原告らと同被告との間の雇用契約の内容をなすに至つたものであること、或いは、原告らと同被告との間に、新方式による賃金を支給するとの黙示の合意が成立したことであると主張し、右損害賠償請求権の法的根拠としては、前記のごとく被告中央観光の不法行為(不当労働行為)の存在を主張したこと、以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、原告らは、被告中央観光の原告ら及び中央観光労組に対する従来からの態度に照らして、新方式による雇用契約を締結すること自体に対する不安と右契約を締結した場合、雇用契約上の地位が不安定となることなどに対する疑問から、あえて新方式による雇用契約を締結しなかつたのであるが、現に、同等の労働をしながら、新・旧方式による雇用契約の内容によつて賃金額に差異が生じ、また、従来支給されていた賞与についても、これを規定した就業規則下において締結した原告らとの雇用契約の存続を認めながら、同被告が右就業規則を一方的に廃止したことを理由に支給されないこととなつたことから、右差額金の回復を計ることを考え、本件賃金仮処分を申請するに及んだものというべきであつて、右差額賃金請求権の発生根拠を法律上根拠づけることは困難を伴うものであり、また不当労働行為として、それを疎明することが容易でないとしても、右仮処分を申請し、権利の実現を計ろうとしたことに無理からぬところがあり、国民に保障された裁判を受ける権利を正当に行使したものということができこそすれ、何ら過失を伴つた、或いは権利を濫用した行為ということはできない。

3  よつて、本件賃金仮処分申請を不法行為であるとする被告中央観光の主張は採用し難い。<以下、省略>

(上田次郎 松山恒昭 下山保男)

別紙(一)〜(三)<省略>

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